同研究会のメンバーである弁護士が10数人集まって、各自が担当した医療過誤事件の事例報告などを行いました。
薬の副作用による間質性肺炎への対処の遅れによる死亡、出血性脳梗塞への対処の遅れによる右半身の障害、バリウムが排泄されずに起きた大腸穿孔への対処の遅れによる死亡、などの事例(と事件処理、解決内容)が報告され、大変勉強になりました。
このような例会を定例化すること、事例を集積することなどを通じて、富山医療問題研究会の活動がより充実することを期待し、私もなるべく協力していきたいと思っています。
それにしても、医療過誤を勉強すればするほど、自分が患者となって治療を受けることが恐ろしくなります。正直。
ちなみに、亡くなった妻は、長い闘病の過程で、医師や看護師と家族的な関係になっていました。
高度な信頼関係ができて、一緒に闘っているという実感があったので、最後までセカンド・オピニオンは求めませんでした。
臍帯血移植の治療毒性が原因で、最後はあっけなく逝きましたが、おそらく彼女の中で、治療方針をめぐる後悔は一切なかったと思います(そう私には思えます)。
そういう意味では、彼女は患者として幸せだったと思っています。
医療過誤が医療過誤として問題になる契機には、まず、医療機関側の患者に対する不誠実な言動があるように思います。
自分の主治医がベストを尽くしてくれていると患者が信じられるのなら、例え治療の結果が思わしくなくても、主治医が悪い、責任を問いたい、とは思わないでしょう。

